世界に1人しかいない自分、矢沢永吉さんの場合は?
考えてみると面白い。
私とは何か。
視点を変えると、考えることが違ってくる。
人間としての私を考えると、人間とは何かを考えるようになる。
人間として、他の人たちとの共通性と違いがある。
このようなことを、人生を楽しくする、という観点から考えている。
それが、このブログの方向感覚なのである。
私は、世界に1人しかいない。
これが、他の人との最も異なっている点である。
この点を、人生を楽しくするという観点から考えると、面白い。
矢沢永吉さんは、この点、芝居に見立てている。
自分の人生を、矢沢永吉という役を演じるためにある、と考えたのである。
世界に1人の自分を演じていると考えると、苦しい場面でも、苦しみが少ない。
劇で苦しみを味わう役をやっていると思えるからである。
また、自分を芝居の主役と考えると、自分で脚色することができる。
他人のせいで30億円余の借金を背負っても、それを完済する脚本にすればいい。
そうすることで、彼は、30億円余の借金を完済したそうだ。
矢沢永吉の役を演じて、楽しみながら借金を返したのであるからたいしたものだ。
世界に1人しかいない自分、この真実をどう考えるのか。
きっと、何かの使命を与えられて生まれてきた、と考える人もいるだろう。
世界に1人しかいないのだから、他の人と違ったことをやってもいいだろう、
そう考えても楽しいかもしれない。
人間の考えは、融通無碍であり、自由自在である。
それに楽しさの方向を指示すれば、楽しくなることがいくらでも考えられる。
世界に1人しかいない自分なら、世界一楽しい人生を送ってもいいはずだ。
それは考え方次第で可能なのである。
私流の考え方だと、人生はディズニーランドそのものだからである。
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