茄子のてんぷらか、焼き茄子か
茄子(なす)といったら、何を思い浮かべるか?
「一富士、二鷹、三茄子」という縁起の良い初夢か。
「秋茄子は嫁に食わすな」の意味か。
人それぞれ、思い浮かべるものが違うであろう。
私の場合、息子のことと茄子料理を思い浮かべる。
幼い息子に、嫌いなものが「茄子とお父さん」といわれたことがあったからだ。
忘れっぽい性格の私だが、不思議に、この言葉だけは残っている。
仕事と家庭とのバランスが必要だという警告の言葉だったのである。
食べるのが生きる楽しみになっているから、茄子といえば料理を思い浮かべる。
子どものころ、母の実家だった宮城県白石市の農家で茄子の味噌汁を食べた。
その時の味の美味しさは、今も、鮮明に記憶として残っている。
もぎ立ての茄子という素材の新鮮さが、美味しさのベースにあったのかもしれない。
ナスの食べ方はいろいろあり、それぞれに味わいの異なる美味しさがある。
ところが、メタボになると、美味しさの追求よりも、カロリーを気にするようになる。
そのため、悲しいことであるが、カロリーで、茄子料理を選択するようになる。
「茄子のてんぷら」と「焼き茄子」とでは、カロリーはどのぐらい違うのか?
この違いを、友人の辻・本郷税理士法人の本郷孔洋理事長が教えてくれた。
毎月、本郷理事長から送られてくる広報誌の中に、この違いが書いてあった。
茄子の天ぷら(2本)は、「120Kcal」 。
焼き茄子(2本)は、「35Kcal」 。
なんと、茄子のてんぷらは、焼き茄子の3.4倍のカロリーなのである。
メタボとしては、無視できない数字である。
ちなみに、「揚げ出し豆腐」と「冷奴」では、カロリー差は2.6倍だそうである。
「ぶり大根」と「しらすおろし」では、カロリー差は2.8倍もあるようだ。
「焼き餃子」と「生春巻き」では、カロリー差は2.5倍あるという。
この差が、毎日の積み重ねの上で、メタボを作り上げているのである。
人生でも、毎日の考え方の向きというわずかの差の積み重ねが決定的意味を持つ。
考え方が「前向きか、後ろ向きか」の差が、幸不幸・成功不成功を決める。
あるいは、上昇志向の角度の1度の差が、結果として大きな差異となる。
本郷理事長の広報誌の記事を見て、メタボ対策の基本的発想が分かった。
茄子のてんぷらを食べるのは、たまの楽しみにして、焼き茄子を中心にする。
食べないという発想ではなく、たまに食べることの楽しみに変えようと思う。
そういえば、来週、ある店で美味しいてんぷらを食べる約束があった。
でも、その店でてんぷらを食べても、翌日の体重は増加しないのである。
我ながら、食べることについては、意思が弱いと思ってしまう。
焼き茄子も良し、茄子のてんぷらも良し、というのが本当の健康なのだろう。
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コメント
久しぶりにコメントさせていただきます。
「茄子とお父さん」というご子息のことば・・・。
厳しいですね。
6歳の娘と2歳の息子をもつ身、家庭とのバランスは
時々考えながら、というより家庭があって生活が成り
立っているという現実をしっかり認識しながら暮らし
たいとあらためて感じました。
数年間、家庭をほぼ無視した生活をしていたことを
反省している日々です。但し、そうした時期があった
ことも、前向きに捉えています(かなり強引ですが)。
何事もバランスを保つのは困難です。
投稿: にったん | 2009年5月 8日 (金) 23時43分