素直になって、「われ以外、皆わが師」で幸福と成功を
「稼げる弁護士になる方法」という本を出版した。
幸い、売れ行きは好調だと、出版社から報告を受けている。
すでに、3刷まで増刷されているようだ。
この本は、主に、知り合いの弁護士や税理士に贈呈した。
この本を読んで、30冊とか、50冊の本の注文をされる方もいる。
所属の弁護士や税理士等へ配布して、所内研修で使うためだという。
素直に私の本から、いいところを見つけ出し、それを活用しようというのである。
この本は、私の過去の体験を素直に書いたものである。
私の性格は自分でいうのもおかしいが、素直そのものである。
したがって、聖賢の書の教え方を素直に信じ、素直に実行した。
それは、人間として、当たり前のことを当たり前に実行することに尽きる。
人間にとっての真理は目に見えないが、それを発見した聖賢がいる。
それによると、人間にとっての真理は、実に単純であることが分かる。
しかも、人間なら誰でもできること、つまり、当たり前のことが中核なのである。
したがって、当たり前のことを当たり前に続けると、人間は楽しい人生が送れる。
私も、その当たり前のことにたどり着き、当たり前のことを実践してきた。
その実践の一部を取り出して書いた本が「稼げる弁護士になる方法」なのである。
弁護士として当たり前のことに気づき、実践すると稼げるようになるという本である。
この本の内容には、裏も表もなく、当たり前のことの指摘とその実践を書いたものだ。
ただ、読んだ方の受け止め方は様々である。
当たり前のことの重要性に気づかれ、希望が持てたという人もいる。
当たり前は知っていたが、実践していなかったと反省される方もいる。
このように前向きに捉えられ、いい所を受け入れる方がいることはありがたいことだ。
ただ、一部の方に、この本に批判的な方がいることも確かである。
「稼げる」という本を出すこと自体、弁護士としての品位を落とすという批判がある。
本の表題だけを見れば、その批判は当たっている面があることは確かだろう。
このような批判に言い訳しても仕方がないから、甘んじて批判を受け止めたい。
内容を読んで、当たり前のことを書いているから読む価値なし、との批判がある。
読んだ方の批判だから、その読者にとって、価値のない本なのだろう。
それは、読者の批判の自由であるから、そうでしたか、というほかない。
何か行動を起こせば、必ず批判はついてくるから、批判に反発する気はない。
批判は読むことを前提としているから、読んでいただいただけでありがたいと思う。
できれば、その批判から、私の反省につながることがないか、を学びたい。
批判を批判としてでなく、せっかくの批判であるから、それからでも学びたいからだ。
「われ以外、皆わが師」、つまり、誰からでも学べるという発想が正しいからである。
出版した本を批判されて、自殺した有名な作家がいる。
人格的な面での批判をまともに受け止めたからである。
どのような猛毒的批判でも、受け止め方ひとつで、毒を薬に変えることができる。
これが人間の特質であり、人間の目に見えない真理だからである。
ただ、批判のための批判からは、学べるものが少ない。
むしろ、反面教師的に、単なる批判派にはなるまい、と学ぶことが多い。
今回の批判から、学んだことがあるとすれば、次の点である。
幸福とか、成功とかを、特別なことと考えている人がいる、という点である。
つまり、当たり前の中に、幸福や成功の種があるのを否定しているのである。
通常の人がやっていないことをやっているから成功者になれた、と思い込んでいる。
幸福や成功は、自分の考え方次第で簡単に手に入ることを信じない。
幸福者・成功者が少ない現状から、幸福や成功が足元にあることを認めない。
こういう人には、この考え方を変えなければ、幸福にも成功にも無縁だ。
本の読み方にも、幸福になり、成功するための読み方がある。
批判されていることを見ると、本の読み方が実践的でないと思えてならない。
現在の自分を、より幸福・成功に近づけるヒントを得るのが本の読み方である。
そうなら、簡単に幸福・成功の近づくヒントがあれば、それを実践することだ。
1つでも、いいところが本に書いてあれば、その実践から幸福・成功が得られる。
私の出版した本を批判するのは自由だし、それをとやかく言うつもりはない。
私の出版した本を読んで、それを活用されない人がいることが寂しいだけだ。
1人でも多くの方に、幸福者・成功者になって欲しいと念願するからである。
我々は例外なく、幸福な人生、成功する人生を生きれるようになっている。
そのような人生は、当たり前のことの実践で容易に手に入るようになっている。
これは、人間の目には見えないが、人間の真の姿なのである。
そのことを、多くの聖賢が、いろいろな言い方で伝えようとしているのである。
私が著書である「稼げる弁護士になる方法」は、その聖賢の教えの実践で、
幸福となり、成功したことの私なりの実践を正直すぎるぐらい正直に書いたものだ。
その意味では、弁護士でなくても、多くの人に活用できるように書いている。
要点は、簡単である。
自分も、幸福・成功する考え方になれば、幸福・成功することができると信じる。
そのために、幸福・成功するための当たり前のことは何かをつかむこと。
最後に、その当たり前のことを実践し、それを継続すること。
これだけなのであるが、多くの人はこれが身につかないのである。
つまり、素直さと実行力・継続力に欠けるところがあるのである。
「思いが実現する」のが人間であるが、思いが続かないのである。
究極的に言えば、思いの実現は、熱意があるかどうか、にかかっている。
幸福や成功は、足元にある。
そのため、気づかずに、踏みつけてしまう。
自分の足元に注意を払えば、幸福や成功は容易に手に入る。
我々は、幸福になるために、成功するために、生まれてきた。
そのために、幸福になる、成功する、は容易に手に入るようになっている。
今日は憲法記念日であるが、憲法は人間が幸福になるためにある。
そのために、人間の無限の可能性を示す自由を重視している。
人間の自由を幸福の実現のために活用することを認めているのである。
この自由の意味を噛みしめ、ありがたいことだと感じるのが今日の意味である。
自由を正しく捉えたいものである。
「松下幸之助翁は、貧困の家庭にもかかわらず、成功者となった。」というのは誤り。
「松下幸之助翁は、貧困に捉われず、成功を目指したため、成功者となった。」
これが正しい答えである。
人間の無限の可能性を示す自由からは、貧困の家庭環境は、
いささかも、成功の障害物にはならないからだ。
むしろ、貧困の家庭環境に、心が捉われないで、成功を夢見る自由を活用できる。
その意味では、豊かな環境にいる人よりも、自由への渇望があったのである。
松下幸之助翁の最もすばらしい特徴は、素直さである。
この素直さが、人間の無限の可能性を信じたのである。
無限の可能性を実現するため、社会に役立つ目的を持つことの効用を発見した。
つまり、目的=経営理念という「思い」が実現することを信じたのである。
松下幸之助翁の素直さは、「われ以外、皆わが師」の発想につながる。
素直に学ぶことで、幸福・成功のある人生の王道を歩みたいものである。
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コメント
「稼げる弁護士になる方法」の刊行、おめでとうございます。
鳥飼先生の思いが御著に込められた本で多くの読者に感銘を与え、仕事に対する心構え、人生に対する前向きな取り組みを得ることです。
本日のブログは、特に長文でありますが、先生のお人柄のよく出た日記だと感じております。人間の心は、ややもすると周りに左右されがちです。それは弱い自分があるからでしょうか?。しかし、先人の魂にふれるとき、(それは出会いや著作等から得られる光明であったりするかも知れません)この人に学ぶ姿勢が生まれると思うのです。作家の吉川英治氏の座右の銘であった言葉だったでしょうか。今日の表題に、素直な姿勢が集約されているわけです。歌手の三波さんは、「万物すべて我が師なり」と受け継がれました。
松下幸之助翁の一語一語は三波さんの日本人の心と重なるものでしょう。
鳥飼先生の体験を多くの経営者、一般社会人にも本を通して知ってもらいたいと改めて感じる今朝です。
投稿: masaji | 2009年5月 3日 (日) 09時51分
本日のコメント、大変勉強になりました。
特別なことをしないと幸せになれない。特別なことをしないと人の優位に立てない。特別なことをしないと・・・
誰もが考えがちかと思います。特に向上心がある人ほどそうではないでしょうか。
当たり前のことを当たり前にやっていたら、自然に幸せになっていた。
というのが、一番なのでしょうね。
投稿: ke- | 2009年5月 3日 (日) 23時54分