人は誰でも、いつからでも、人間国宝になれる
今日いただいた鳥飼日記のコメントは嬉しかった。
このブログを読まれて、前向きに人生を送ろうとされる方のコメントだからである。
心が前向きになると、人間は社会的に意味ある存在となる。
その人の意味ある行動が自分、家族、社会の人々へと役立ちの範囲が広がる。
今回のコメントを下さった方は、高い使命感を持った生き方に目覚めようとしている。
高い使命感を目指そうと心が動くことから、人生は意味を持ち始める。
その心の状態が信念にまで高まると、人生は輝けるものとなる。
まさに、その人の人生は、「一隅を照らす」国の宝、人間国宝となるのである。
このブログが、このような人間国宝を生み出すのであれば、これ以上の喜びはない。
人間国宝は、国が決めたから人間国宝となるのではない。
それ以上に意味があるのは、「一隅を照らす」ゆえに、人間国宝となることである。
照らす対象の一隅が広いか狭いかは、人生の意味の上では、差異がない。
人は誰でも、いつからでも、心の向きを変えるだけで意味ある人生を送れる。
意味ある人生は「一隅を照らす」生き方ゆえ、心の向きひとつで、人間国宝となる。
つまり、人は誰でも、いつからでも、今からでも、直ちに、人間国宝となれる。
これが人生の本当の姿ではないのだろうか。
人間国宝は希少性があるゆえに価値がある、と見るのは社会的に意味が少ない。
社会の本当のあるべき姿は、人間国宝の集まりだとも捉えることができる。
宗教が成り立つのも、社会の人は例外なく、人間国宝たりえるからではないのか。
今日のコメントに触発されて、誰でも人間国宝たりえることに考えが及んだ。
コメントを下さった方から私が恩恵を受けたことになる。
このことで、コメントを下さった方は、一隅を照らされた。
つまり、この方は、コメントを下さったことで人間国宝になったのである。
このコメントとそれに対する私の返答は、
当事務所のブログの担当者が午前9時前に掲載させていただく。


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