夜、帰宅せず、金曜日のフィーバーに
昨日は、地方出張だった。
東京駅に着いたのが、午後10時30分過ぎだった。
疲れているのだから、本来なら、東京駅から帰宅すべきなのだろう。
でも、そうはしなかった。
名古屋駅を出るころは、今日は帰宅しようと思っていた。
ところが、あることで、気が変わった。
新幹線の中で聴いていた、ある方さんからもらったMDが原因である。
そのMDには、私が好きになりそうなスローバラード調の曲ばかりが入っている。
それらの曲は、馴染みの店の人たちが、よく歌ってくれる歌でもある。
それらの曲を聴いているうちに、無性に、その曲を歌ってもらいたくなった。
金曜日というフィーバーする日でもあるので、夜遅くなってもいいだろう。
自分自身にそのような言い訳を用意して、東京駅から馴染みの店に直行した。
向島の店に入ったのは、午後11時ごろである。
それから、いつも私の席に入る人たちに、MDに入っている歌を歌ってもらった。
なかなか、旨い歌い方をするので、大いに満足した。
途中、陶然とした気分の中で、眠気がでてきたが、これがいいのである。
こうすることで、1週間の疲れ、特に、頭の疲れ、精神的疲労が取り去れる。
言葉の実感として、頭の中が真っ白になるのである。
肉体的疲れは、休息すれば取れるが、精神的疲れはなかなか取りにくい。
私は、この場所に来て、たわいない会話をし、歌を聴くだけで精神的疲れが取れる。
帰宅したのは、午前1時ごろだった。
しかし、熟睡できたので、今、気分が爽快である。
今日の午後は、当事務所の税法研修会があるが、元気に出席できそうだ。
適度の遊びは、精神疲労を取り去り、仕事や勉強の意欲を与えるものだ。
大いに仕事や勉強をし、それに応じた大いなる遊びをすべきだのだと思う。
これがバランスではないかと思う。
私が遊びの効用を知るようになったのは、50歳を過ぎてからである。
自分でも、遅咲きの花だと思う。
でも、年齢が若いときよりも、壮年以降のほうが、遊びの面白さ、効用が分かる。
壮年以降に、人間としての味わいがあるのではないか、そう実感している。


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