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2008年12月31日 (水)

勝訴率100%の実績

2008年も、今日で終わる。

1年を振り返ると、自分なりに充実した1年であった。

悔いがないといえば嘘になるが、悔いの極めて少ない1年ではあった。

              

今年は、本の出版が多かった。

その中で最大の事業が、息子への遺言書代わりに作成した「鳥飼日記」である。

製作期間に1年をかけ、それを、12月の息子への誕生日のプレゼントにできた。

そのほかにも、自分で書いた法律関係の本を3冊出版できた。

                           

仕事関係でも充実していた。

当事務所の税務訴訟等の訴訟関係の実績も充実した1年だった。

税理士賠償責任訴訟では、全て被告税理士側だったが、100%実質勝訴だった。

税務訴訟事件でも、勝訴率は、67%であった

(訂正:その後、税務争訟の勝訴率は87.5%であることが判明しました)。

                

一般の訴訟は、統計を取っていないが、敗訴した報告はほとんど記憶にないから、

勝訴率は、少なくとも、80~90%はいっているのではないだろうか。

当事務所では正直なところ、最近、弁護士等の成長は実に著しいものがある。

弁護士・税理士等と一緒に事件をやっていて、今年はそれを実感した。

                    

切磋琢磨という言葉があるが、今の当事務所にぴたりと当てはまる言葉である。

ほとんどの事件を弁護士・税理士等のチームでやっているからだろう。

訴訟でも、相談でも、チームのメンバー間での取り組みに熱気がある。

その熱気の中で、それぞれの弁護士・税理士等が自然に育っていっている感じだ。

             

人間は、個人的には幸福を、社会的には社会貢献をするために生きている。

その根本は、人間的に自分を成長させることである。

人間的な成長が、個人的幸福と社会的成功をもたらす。

この個人的幸福と社会的成功の相互作用が悔いのない人生をもたらす。

                 

この一年を振り返ると、幸福と成功との調和ができてきているように思える。

その調和をもたらす要因は、日常の考えと習慣に基づくものである。

前向きな考え方と良い習慣との調和なのではないかと思える。

         

考え方の出発点は、人間には無限の可能性がある、という点である。

その可能性を実現しつつ、人間として成長するため生まれてきたと捉える。

人間として成長するとは、人間として修養に、社会に貢献することである。

人間の修養は、何事にも動じない自分を創り、自分の使命を自覚することだ。

               

この人間的成長にしたがって、家庭が円満となり、社会に対する役立ちが大きくなる。

まさに、人間的成長という修身は、斉家と社会的役立ちをもたらすのである。

最近、弁護士という仕事のありがたさを感じるし、弁護士は聖職ではないかと思う。

                

社会正義の実現が社会的な弁護士の使命である。

社会正義の内容は受け止め方で異なることであるが、信義が基本にある。

この信義は未来への夢・志という使命・目的を人生に与えてくれる。

弁護士は、使命・目的を持った人生、つまり、生き甲斐がセットされた職業である。

                 

さらに、信義は、商売の基礎でもある。

華僑の商売の神様は、「信義」の武将、三国志でおなじみに関羽である。

この信義がセットされている弁護士業は、必然的に商売の秘訣がセットされている。

まっとうに弁護士の業務をやれば、商売繁盛するのが必然的なのである。

             

弁護士でありながら、そのことに気づいていない人が多すぎる。

弁護士は、社会が求めている社会正義を果たせば儲かるようになっている。

弁護士は、信義を基礎に仕事をするだけで商売繁盛するありがたい職業なのだ。

儲けることを考えず、信義に照らして業務をすれば、結果として儲けるのである。

                 

私は「仕事の成果は仕事」と思って弁護士をやってきた。

それが正しいのは、信義に基づく仕事には結果として儲けがついているからだ。

弁護士は、信義に基づく仕事が儲かるという経営の極意を体得できる職業だ。

このような職業に就けたのは幸運であり、感謝したい気持ちである。

               

就職難が叫ばれている昨今である。

弁護士界も社会も、社会における原理原則が分かっていないからである。

弁護士ほど、生き甲斐を持ち易く、これこそ聖職と実感できる仕事もないのである。

それでいて、必然的に儲かるようになっているのである。

              

今年になって、弁護士業の本質が分かったように思う。

弁護士は、社会に感謝してやらせていただく職業なのである。

それも、この鳥飼日記を書き続けることでたどり着いた結論なのである。

                

鳥飼日記を書き始めて、1120日ほど、3年余が経つ。

その間、書いたブログ数は、832である。

1週間で、5日間ほど、ブログを書いてきた。

        

無理をせず、自然体で書いていることが多い。

ところが、書いているうちに、いろいろなことに気づくことが多々あった。

その意味では、私自身、このブログで成長してきた面がある。

書くことは、言葉を使った行動だけに、「思いの実現」に寄与する面がある。

               

鳥飼日記に感謝すべきなのは、私なのかもしれない。

このブログは、意思の強いタイプの人を対象に書いていない。

私自身、意思が弱いからである。

                   

その弱い私が、弱い人間でも幸福と成功を手に入れられる、そう信じている。

その信念を基礎に、弱い人間でも幸福になり、成功するための考え方を述べてきた。

その基本的考え方は、実に単純である。

           

弱い人間も人間である以上、無限の可能性がある、そこから出発する。

この無限の可能性がある限り、弱い人間も強い人間との間で全くの差がない。

つまり、弱い人間でも、強い人間に劣らない幸福と成功が与えられていい。

そのためには、無限の可能性を引き出す秘訣を探ることである。

           

その秘訣は、自然の摂理、人間にとっての原理原則の中にある。

そのことを繰り返し述べているのが、この鳥飼日記である。

自分を弱いと自覚する人でも、このブログに書いてあることを実践すれば、

例外なく、必ず、今までよりも、素晴らしい人生を送れるはずである。

       

人生において、誰でも、例外なく、100%の勝訴率の実績を残せる。

人間は、そのようにできているからである。

そのようにできていることに感謝するのが、人生なのである。                                

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