両親の暗示のお陰
昨日の夜は、家族で、ホテルニューオータニの「石心亭」で食事をした。
ホテルの庭の中にある鉄板焼の店である。
昨年に続いて、同じ店での我が夫婦の結婚記念日の食事である。
私は結婚が遅かったので、今年で、19年目である。
19年という歳月は、長いようでもあり、あっという間でもあった。
その間、いろいろあったが、最近は、夫婦関係はいたって円満である。
私は仕事人間であるから、数年前まで、土・日曜日も事務所等で仕事をした。
その意味では、家庭を顧みないところがあったのは事実である。
そのためもあり、離婚を覚悟するような夫婦の危機があった。
ところが、自然体で焦ることをしなかったので、時間が問題を解決してくれた。
女房は、息子のことを考えて、忍耐の日々を送っていたようだ。
私は、本当の夫婦は老後にあると思っていたので、時間の経過を待つ姿勢でいた。
私の母の影響があったのかもしれない。
母が、占い師から言われたといって、よく口にしていたことがあった。
「○○ちゃん(私の妻のこと)は最高の妻だから、絶対に離婚をしてはいけない。」
この言葉が、私の脳裏にあったことは確かである。
振り返ってみると、私の人生は両親の暗示によって支えられている気がする。
両親は、できの悪い私に対して、次の言葉を繰り返し言ってくれた。
「お前は大器晩成の人間だから、50歳半ば以降に最高の人生が待っている。
それまでは、焦らずに、何事も我慢しなさい。」
この両親の言葉が暗示となって、私の人生を築いてくれた気がする。
私が、この両親の言葉を素直に信じたのも確かである。
「自分は大器晩成で、壮年期以降に本当の人生を送れるのだ」と。
実際、私の人生は、両親の暗示どおりになっている。
人生とは、味わいがあり面白いものである。
順調だけが人生ではない。
山あり、谷あり、晴れあり、雨あり、豪雨あり。
それゆえにこそ、滋味のある人生が送れる。
明るい未来を信じることができれば、谷も豪雨も恐れる必要がなくなる。
豪雨の中でも、迷うことなく、未来を明るいものとして見られるかどうか。
これを不動心というのであろう。
これによって、人生の滋味を味わえるかどうかが決まる。
両親の私に対する暗示は、私にある種の不動心を与えてくれたように思う。
このお陰で、迷うことが少なくなったからだ。
両親及び先祖には、感謝するばかりである。
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