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2008年10月31日 (金)

90歳にして青春、これが医学の常識

創造性は「経験×意欲」だという。

売れっ子の茂木健一郎氏が「脳を生かす仕事術」(PHP研究所)で述べている。

そうだとすれば、多くの経験を積み、大いなる意欲を持つことが重要になる。

               

この両方を兼ね備えられるのは、お年寄りである。

若者は大いなる意欲は持てるが、いかんせん、多くの経験というわけにいかない。

そこで、茂木健一郎氏は次のように述べることになる。

「経験をたくさん積んだお年寄りが本気で意欲を出すことが一番すごい。」

              

その例として、芸術家の岡本太郎氏と漫画家の手塚治虫氏をあげる。

岡本太郎氏は、大阪万博のシンボル「太陽の塔」を製作した方であり、

いろいろなもの「作りたい」と亡くなるまで制作意欲を失わなかったという。

手塚治虫氏は、晩年でも、若手の漫画家に競争意識を持っていたという。

                  

まさに、青春とは心の若さである、ということである。

創造性は若者から生まれるというイメージは、人間の摂理と異なるのである。

茂木健一郎氏の教えに従えば、創造性のイメージは、次のようになる。

「創造性は意欲ある老人から生まれる」

                

ある意味では定年後こそ、創造性を発揮する時期になるのではないのか。

従来の多くの経験を生かし、組織に縛られない自分を生かす大いなる意欲で、

自己実現をし、あるいは、社会に貢献できるからである。

90歳にして青春、これこそ最近の脳医学の常識なのである。              

  

70歳の青年、老けている場合ではない。

顔のしわが多くなっても、心を明日の方向に向けて今を楽しもう。

70歳の青年の楽しむ姿を見て、30歳の老人にも元気が出てくるはずだ。

かくして世間は元気になる。

                         

80歳のお嬢さん、愚痴ばかり言っている場合ではない。

少しぐらい腰が痛くなっても、お転婆振りを発揮して、大いに人の世話を焼こう。

80歳のお嬢さんのお転婆振りを見て、40歳の老婆もお嬢さん気分になるはずだ。

かくして世間は明るくなる。

              

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2008年10月30日 (木)

ニワトリ症候群を知っていますか?

「ニワトリ症候群」とは何か?

知っているか、と知人に聞かれた。

もちろん・・・・・・・・知らない、と答えた。

           

現代っ子の食生活を表す言葉のようだ。

「ニワトリ」は、「コケコッコ」と鳴く。

その鳴き声から、「コケココ」を取り出して並べる。

それに、言葉を当てはめるのだそうだ。

        

コ・・・・・孤食(一人さびしく食事する)

ケ・・・・・欠食(朝食を抜く)

コ・・・・・個食(家族が、それぞれ違ったものを食べる)

コ・・・・・固食(好きなものばかり食べる)

          

教えてくれた人が言っていた。

「コケココ」は、「飽食」ではなく、「崩食」の時代を表す、と。

確かに、「コケココ」からは、本来の人間らしくない生活ぶりが見え隠れする。

                 

「孤食」は、家族・友人等との談笑の中で食事することにくらべて孤独に過ぎる。

人間は、集団の中で成長し、集団のぬくもりの中で心を休めることができる。

たまには孤独も必要だろうが、孤独が日常化することは精神の安定を欠くだろう。

最近、精神的安定を欠く人が増えているのも、人間の集団性喪失の表れである。

                

個食は、個性の尊重といえばそれまでのことである。

家族といえでも、それぞれの個性があるから好みが違っておかしくない。

それを尊重するのは、個性の尊重といえる面があることは確かだ。

          

それでも、食卓に大きな皿がいくつか並ぶ。

そこから、家族それぞれが自分の食べる分をとる。

あるいは、家族がその皿を回しながら自分の食べる分をとる。

こういう情景が消えるのは、家族の食事風景から大切な何かが抜けている気がする。

             

食事風景は、家族の心の結びつきと人間としての基本を習得する環境である。

私の育った家庭では、皆が揃うまで、食事は始まらなかった。

食事の機会に、家族でよく話をした。

それが、私の人間性にどれだけ大きな影響を与えたか、計り知れない。

                

そういう人間らしさを身につける環境を現代社会は喪失しつつある。

本当の社会常識を教えるのは、基本的には家庭環境だからである。

現在の学級の崩壊の前に、家庭崩壊があったのである。

個食には、家庭崩壊の萌芽があるように思える。

              

ただ、朝食を抜く欠食は、健康法としてはいいことだと思う。

これは自分の体験上、そう思うからである。

問題は、朝食を抜くことで、朝食の機会に家族が集まることがなくなる点にある。

家族が集まって語らいの時間を共有できない点こそ問題があるのである。

                                

固食は、偏食につながり、健康を害し、人間性を害する点に問題がある。

食は人生に与える影響は大きい。

食事に関する質問をし、それによってその人の人生を占う名人が江戸時代にいた。

その占いは非常に当たった、といわれているが、分かる気がする。

     

いずれにしても、現在の食事風景には、人間性の崩壊の萌芽があることは確かだ。

「ニワトリ症候群」には現在の病巣が端的に表れている。

                      

          

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2008年10月29日 (水)

良い言葉は副作用のない薬

良い言葉に出会うと、元気や勇気を貰える。

良い言葉は、副作用のない効能の高い薬である。

次の言葉は、良薬である。

                          

「やる気をすっかりなくさない限り失敗はありえない。

自分の内部から生ずる敗北以外に敗北は存在せず、

われわれが生まれつき持っている心の弱さ以外には、

越えられない障害など存在しない。」

         

成功の秘訣は成功するまで続けることだ、という松下幸之助翁の言葉を思い出す。

この成功の秘訣は、失敗はありえない、という前述の言葉を含んでいる。

心の弱さ、つまり、自分以外に障害はないのである。

成功の敵は、外部ではなく、自分の弱い心という内部にあるのである。

              

ローマ帝国を崩壊させたのは、外敵ではない。

内部の腐敗によるローマ帝国自体の自壊こそが、崩壊の真因だといわれている。

同様に、自分の人生を意義あるものにするのも、破滅的にするのも自分次第だ。

越えられない障害が外部にない、という発想は人間に与えられた特権を示す。         

                      

前述の言葉は、、「ガルシアへの手紙」の著者エルバート・ハーバードのものである。

「カーネギー名言集」(創元社・昭和52年版)にあったものを引用した。

同じところから、もう1つエルバート・ハーバードの良薬を紹介したい。

        

「すべては願望あってこそ生まれる。

心からの願いは必ずかなえられる。

人間は心がけた通りの人物になれるものである。」

                    

思いを実現する人間に与えられた自由という特権を示す言葉である。

現在、金融恐慌で苦しんでいる米国は、この自由を最大限に尊重する国である。

そうだとすれば、自由を最大限活用できる米国は、いつか、現状を打開できよう。

         

現状で金融機関がそれほど痛んでいない日本のほうが有利という論者が多い。

ところが、日本は「自由」の持つ素晴らしい力をそれほど尊重してこなかった。

そのため、国家の自立よりも、米国依存型の世界観を重視してきた。

今回の世界不況でも、有利なはずの日本が不利な結果になる恐れがある。

              

日本人は、もっと、自由の持つ意味を理解し、活用する必要がある。             

子供は大人を投影し、現在の子供は人生に夢をもたない。

これは、日本人が夢(願望)から始まる自由を活用していない証左である。

我々は、エルバート・ハーバードが提供してくれた良薬を飲む必要がある。

                         

                                  

                             

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2008年10月28日 (火)

バブル崩壊期を超える株価の最安値・・・リスクをとらない者が勝つ

株価がバブル崩壊時の最安値を簡単に更新した。

株価は乱気流の中にあり、投資家が狼狽しているように見える。

永続可能性の高い優良企業の株価が清算価格を下回っている。

これは、経済合理性に反し、異常としか言いようがない。

             

現在の株価は、経済の実態と異なる諸事情によって形成されている。

このような場合に、株式市場に素人が手を出すと火傷する可能性がある。

異常は時間の経過で正常に戻る。

これが自然の摂理であり、原理原則であるから、この通りになるだろう。

              

そうだとすれば、異常が収まる確実な状況になるまで、模様眺めをしておくことだ。

前回のバブルでも、その崩壊過程でリスクをとらなかった者が勝利者となった。

なぜなら、投資で高いリスクを取るのは、動きのある相場相手に投資をするからだ。

素人なのに、株価の乱高下に付き合うために、判断を誤り、大きな損失を被るのだ。

              

優良企業を選択して投資をするのであれば、著しく低いリスクで投資ができる。

現在のように異常なときは、優良企業の株価も予想外に低いものになる。

しかし、優良企業は異常な状態が去れば、通常の株価に戻る。

したがって、優良企業の低すぎる株価を選択すれば、リスクなく儲かる。

             

「儲」の意味については、かつて、日記に書いたことがある。

「信」と「者」で構成されるから、「人」を「信者」にすれば「儲かる」と述べた。

これを今回に応用すればよいのである。

今回、「人」を「優良企業」「信頼できる経営者」に置き換えればよいのだ。

         

「優良企業」「信頼できる経営者」の「信者」になれば、「儲かる」のである。

信者は「誰か」や「何か」を信じるから、心に波風が立たず動揺がない。

株価の乱高下などに気をとられることなく、信じる優良企業の株式を保有すればいい。

そうすると、ある程度の期間を待ち、自然に株価は正常化し、大きな利益を得られる。

          

「慌てる乞食は貰いが少ない」という。

今の状況は、慌てないで落ち着いける者が勝つ時期である。

株式市場を見ていると、投資家にいかにプロが少ないかが見えてくる。

慌てて貰いが少ない方向で騒いでいるように思えるからである。

        

混乱の時に大事なのは、自然の摂理に立ち帰ることだ。

人間の事象は、自ずから自然の摂理どおりに動くようになっているからだ。

そうすると、現状を冷静に眺められ、将来の姿を適切に予見できる。

自然の摂理が、見えないはずの将来に導いてくれるからである。

             

これを見識というのである。

この見識があれば、それに従った迷いのない行動を起こすことができる。

これを胆識というのである。

この胆識があれば、将来に確実な成果をあげることができる。

        

この胆識こそ、リーダーに必要な第一の素質である。

株価の下落を見て、そのことが浮かんできた。

              

              

            

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2008年10月27日 (月)

小学校時代のクラス会

昨日は、久し振りに、小学校時代のクラス会があった。

クラス全員で58名のうち、21名の出席があった。

お互いに、それなりの年輪を重ねた風貌にはなっている。

それでも、不思議に昔の少年少女だったころの顔立ちを思い出す。

              

幹事がクラスの名簿を作成してくれた。

それによると、死亡した人が2名、所在不明者が13名いる。

そうだとすれば、実質的な出席率は、50%弱である。

出席者21名÷(58名-死亡2名-不明13名)=48.8%だからである。

           

総じて、女性は元気である。

少女の時は、大人しかった人がしっかりした話しをする。

当たり前だが、大人になったものだと感心するばかりだ。

そこに、それぞれの人生を生きた証があるのだろう、と思った。

              

それにしても、小学校時代と全く顔立ちが変わらない女性も何人かいた。

これも不思議な気がした。

こういう人と話をすると、ごく自然に小学校時代に戻って会話している気になる。

いつも、前ばかり向いて生きているが、たまには、幼い昔に帰るのもいいものだ。

                                        

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2008年10月26日 (日)

両親の暗示のお陰

昨日の夜は、家族で、ホテルニューオータニの「石心亭」で食事をした。

ホテルの庭の中にある鉄板焼の店である。

昨年に続いて、同じ店での我が夫婦の結婚記念日の食事である。

私は結婚が遅かったので、今年で、19年目である。

                     

19年という歳月は、長いようでもあり、あっという間でもあった。

その間、いろいろあったが、最近は、夫婦関係はいたって円満である。

私は仕事人間であるから、数年前まで、土・日曜日も事務所等で仕事をした。

その意味では、家庭を顧みないところがあったのは事実である。

             

そのためもあり、離婚を覚悟するような夫婦の危機があった。

ところが、自然体で焦ることをしなかったので、時間が問題を解決してくれた。

女房は、息子のことを考えて、忍耐の日々を送っていたようだ。

私は、本当の夫婦は老後にあると思っていたので、時間の経過を待つ姿勢でいた。

              

私の母の影響があったのかもしれない。

母が、占い師から言われたといって、よく口にしていたことがあった。

「○○ちゃん(私の妻のこと)は最高の妻だから、絶対に離婚をしてはいけない。」

この言葉が、私の脳裏にあったことは確かである。

                

振り返ってみると、私の人生は両親の暗示によって支えられている気がする。

両親は、できの悪い私に対して、次の言葉を繰り返し言ってくれた。

「お前は大器晩成の人間だから、50歳半ば以降に最高の人生が待っている。

それまでは、焦らずに、何事も我慢しなさい。」

                

この両親の言葉が暗示となって、私の人生を築いてくれた気がする。

私が、この両親の言葉を素直に信じたのも確かである。

「自分は大器晩成で、壮年期以降に本当の人生を送れるのだ」と。

実際、私の人生は、両親の暗示どおりになっている。

                            

人生とは、味わいがあり面白いものである。

順調だけが人生ではない。

山あり、谷あり、晴れあり、雨あり、豪雨あり。

それゆえにこそ、滋味のある人生が送れる。

                  

明るい未来を信じることができれば、谷も豪雨も恐れる必要がなくなる。

豪雨の中でも、迷うことなく、未来を明るいものとして見られるかどうか。

これを不動心というのであろう。

これによって、人生の滋味を味わえるかどうかが決まる。

           

両親の私に対する暗示は、私にある種の不動心を与えてくれたように思う。

このお陰で、迷うことが少なくなったからだ。

両親及び先祖には、感謝するばかりである。

                 

               

                  

 

               

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2008年10月24日 (金)

株価が大幅に下がっても恐れる必要はない

昨日は、当事務所の弁護士・税理士達と名古屋に行った。

午前中は、打ち合わせであった。

その後、松坂屋本店にある「蓬莱軒」で昼食をとった。

もちろん、「ひつまぶし」を食べたが、美味しかった。

               

新幹線の中で、「WEDGE 11月号」を読んだ。

その中に、「米百俵」のことが書いてあった頁があった。

小泉元首相の所信表明演説で有名になった言葉である。

米百俵で、日本の将来を担う人材を育成したいと考えたのは、小林虎三郎である。

                

小林虎三郎は、吉田松陰とともに、佐久間象山の門下生である。

佐久間象山は、幕末の儒者、佐藤一斎の弟子である。

この佐藤一斎の「言志四録」は心を鍛えてくれる書籍である。

           

佐藤一斎→佐久間象山→吉田松陰・小林虎三郎

吉田松陰→松下村塾→久坂玄瑞・高杉晋作・伊藤博文・山県有朋

小林虎三郎→国漢学校→東京帝大総長小野塚平次・山本五十六

1人の聖賢から派生して多くの人材を生むが、ここに教育の本義がある

「WEDGE」を読みながら、そんなことを考えた。

               

夕方から夜にかけて、講義をし、パネルディスカッションに参加した。

「BRI 経営者塾」という上場企業の経営者を育成する講義である。

そこで、現状のような不透明な時代は、経営者の役割の重さを述べた。

さらに、「倫理」が大きな経済的利益の源であることの説明をした。

        

中国の古典に、「義は利の元なり」とあるは真理だと考えるからである。

江戸時代の石田梅岩の言葉も同じ意味を持っている。

「富は、社会の人々の中にあり」

          

社会の人々が、物やサービスを提供する者に富をくれるのはなぜか。

それには重要な合言葉がある。

「信頼」「信用」というものである。

信頼をしてくれて初めて安心して物やサービスを受け入れるからである。

            

今の金融恐慌の原因は、信頼という基礎を忘れた信用の膨張にあった。

信頼の基礎を欠くのであるから、そこに築かれたものは砂上の楼閣である。

その楼閣の崩壊が今始まっているのである。

基礎を欠くことから来る崩壊であるから、その影響は極めて大きいはずである。

           

物事の本質から考えると、そうなる気がする。

恐慌と呼ばれるかどうかは別として、非常に厳しい状況になる可能性がある。

その状況を受け入れつつ、前向きに捉えて、時代の荒波を乗り越える必要がある。

たとえ恐慌になろうと社会があり、顧客がいる以上、仕事に困ることはない。

                      

ここ数日、株価変動が激しく、大きな下落傾向が続いている。

それに、惑わされる必要はない。

重要なのは、動じない心を持つことである。

社会の激動よりも、それを受け止める自分の不動心を持つことである。

               

参考になるか分からないが、昨日の講義のレジメを事務所のホームペイージの

「掲載原稿」の「その他」の欄に、後で掲載してもらうことにする。

                                       

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2008年10月23日 (木)

つまらない人生なのは誰の責任?

今日は、早朝、新幹線で地方出張である。

午後は、東京で、「内部統制とコーポレートガバナンス」の講義をする予定である。

その講義の後、パネルディスカッションと懇親会がセットされている。

               

地方出張の場合でも新幹線を使って半日の仕事であれば、東京でも仕事ができる。

今日のように、午前中に地方で、午後に東京で、それなりの仕事ができる。

あるいは、午前中に東京で、午後に地方で、それぞれの仕事ができる。

東京中心に仕事をしている人間にとって、近い距離の地方は仕事圏となる。

                        

ただ、最近は、インターネットの発達によって、仕事圏が拡大しつつある。

当事務所でも、少しづつではあるが、地方にも顧問先が増えている。

日常的な相談や契約書のチェックなどは、メール・FAXや電話で済むからである。

         

さらに、最近は、電話会議も、珍しいものではなくなっている。

今後は、TV会議も日常的になるだろうから、仕事圏は更に拡大するだろう。

福岡や札幌の顧問先と東京にいる私とが、対面しながら話ができるからである。

考えてみると、便利な世の中になったものである。

                    

この便利さは、時間と空間の制約を緩めることから来ている。

本来なら、福岡で午前10時に会議があるとする。

そのためには、私は自宅を午前7時前には出発しないといけない。

TV会議だと、東京の事務所で10時に会議に出席できるからだ。

                  

時間と空間からの自由を考えると、人間の心は広大な自由を持つ。

無一物中無尽蔵といわれるぐらいに、広大な自由を人間は持っている。

そのため、人間の心は、過去・現在・未来の間を自由に行き来できる。

また、人間の心は、海外でも、宇宙の彼方にでも、自由に往来できる。

             

考えてみると、電話も、インターネットも、TV会議も、人間の心から生まれた。

人間の心が、時間・空間を自由に行き来することを夢見たからである。

周囲を見回すと、すべてのものは、初めは、人間が心に描いたものだった。

その心が凝縮して実現した存在を、今、目で見ているわけである。

                 

人間って、素晴らしいではないか。

可能性に満ちているのが人間の本来の姿なである。

その可能性を使って、自分の人生を自由に創造できるのである。

そのことに気づけば、自分の人生を楽しくも苦しくも自由に生きることができる。

               

自由に生きれる以上、自分の人生の責任は自分にあることになる。

つまらない人生なら、それはつまらない人生にした自分に責任がある。

つまらない人生をもたらしたのは、両親や社会のせいではないのである。

自分に対し本当の責任を果たしたいのなら、自分で楽しい人生にすることである。

              

                

             

               

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2008年10月22日 (水)

未来を見ることができる心の目を使ってみよう

昨日は、今後の出版についての話が2件あった。

1件は、来年の株主総会用の本に関する打ち合わせである。

毎年、菊地伸弁護士と共著で、商事法務から出版している本である。

          

もう1冊が、若者達に元気を出してもらうための本である。

親しくしている人が企画を立てて持ってきたものである。

確かに、最近の若者に元気がない人が多いように思う。

若者の未来に夢と冒険とファンタジーの世界があることに気づかないためだ。

         

若者は自分が今いる環境という現実を見ているようで見ていないのである。

いわば、物体を見る目はあるが、未来を創る心の目を使っていないのである。

そのため、自分の夢と冒険とファンタジーのある人生が見えてこないのだ。

自分の人生がディズニーランドそのものだと気づかない。

                  

舞浜のディズニーランドは自分の現実の世界とは異なる別世界だと思い込んでいる。

ウォルト・ディズニーは、ディズニーランドで我々の世界を見せてくれている。

舞浜にある夢と冒険とファンタジーは、心の目で見ると我々の人生にもある。

私はそう理解して、ワクワク感をもって、毎年、舞浜に泊りがけで行く。

              

昨日の経営者向けセミナーで、「ガルシアへの手紙」の話をした。

エルバート・ハーバード著の短編、本当の短い文章である。

背骨のしっかりした「何とかする青年」の物語についてのものである。

信頼に対して、何とかすることで応える人間の素晴らしさを描いた作品だ。

        

我々弁護士も、依頼者のために何とかする仕事をしている。

この「なんとかする」人達がいたことで、社会は進歩してきたのである。

このような人達にとって、人生は夢と冒険、そしてファンタジーでもあったろう。

「ガルシアへの手紙」の主人公であるローワンもその1人である。

     

スペインとキューバをめぐって米国が戦争中、マッキンレー大統領の命令で、

キューバの反乱軍のリーダーのガルシア将軍への手紙を託される。

ローワンは、「ガルシアはどこにいる」かも聞かず、黙って手紙を受け取る。

しかし、ローワンは敵地を横断してガルシアへ手紙を渡す任務を完遂した。

         

ハーバードは熱意をこめて、次のように述べている。

その通りだ、と同感する文章なので紹介したい。

(エルバート・ハーバード著・ハイブロー武蔵訳「ガルシアへの手紙」総合法令)

     

「若い人たちに必要なのは、学校における机の上の勉強ではなく、

また、あれこれの細かな教えでもない。

ローワンのように背骨ビシッと伸ばしてやることである。

自らの力で物事に取り組もうという精神を教えてやることである。

勇気を教えてやることである。

そうすれば、若い人たちは、信頼にそれこそ忠実に応えられる人物、

すぐに行動に移せる人物、精神を集中できる人物となり、

そしてガルシアに手紙を持っていける人物になれるであろう。」

               

ローワンのような経営幹部・従業員が多い会社は、恐慌が来ても心配ない。

そのような人材を育てる事が不況・恐慌への対応であると講義で述べた。

その講義の材料として、「ガルシアへの手紙」を用いたのである。

    

「ガルシアへの手紙」も、人生がディズニーランドであることを教えているのである。

この短編の本は発売15年も経たないうちに、4000万部も売れたらしい。

ディズニーランドのように、現実の人生に冒険とファンタジーを感じるからである。

たまには、未来を見ることのできる心の目を使ってみたいものである。

                            

                              

           

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2008年10月21日 (火)

自分の未来を決めるのは自分

今日の午後に、経営者向けのセミナーをすることになっている。

「景気の悪化と経営者に必要な法務」というテーマである。

なかなか、難しいテーマを選んでしまった気がする。

そのセミナーの準備をしている時に、目に入った文章がある。

                

「この世は前世の種次第 未来はこの世の種次第

富貴に大小あることは   蒔く種大小あるゆえぞ

いわんや施し多ければ  果報も多しと計り知れ」

  

これは、江戸時代における禅の名僧である白隠禅師の歌である。

現在も未来も自分が蒔く種によって創られることを教えた歌である。

今蒔く種が何かによって、未来の自分の人生が創られる。

現在の自分の有様は、過去に自分がどういう種を蒔いたかで創られたという。

           

その通りだと思う。

我々は、毎日、種を蒔いている。

心で思うこと、行動することが種蒔きになっている。

今、何を思い、何をするか、それで未来の自分が決まってくるのである。

         

未来の自分の人生は、他の誰でもない、自分が握っているのである。

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2008年10月20日 (月)

「やる気」はどこから来るのか

「やる気」は、どこから来るのか?

「釣りバカ日誌」の原作者 やまざき十三氏は言う。

「『やる気』って結局、運命共同体の一員であるという認識だと思う」

10月19日付朝日新聞の「耕論」で述べている。

             

確かに、チームで仕事をする場合に「やる気」がでることが多い。

税務訴訟などはその典型である。

相手が強敵である国だと、益々「やる気」がでてくる。

空気の抵抗が強いとその分、飛行機が上昇するのに似ている。

                 

脳の専門家である篠原菊紀諏訪東京理科大教授は次のように述べている。

「やる気の中枢は脳のずっと奥にある『線条体』と呼ばれる器官であるらしい。

やる気はここで、無意識と快感から紡ぎ出されているようなものなのだ。」

              

無意識と快感に関する脳の働きによって「やる気」が影響するとは面白い。

「線条体の腹側に、快感や報酬にかかわるドーパミン神経系が通っている。」

自分で自分にインセンティブを与えれば、自分なりのやる気がでることになる。

暗示などで潜在意識に働きかけることでもやる気が起きることになる。

          

目標があるとそれを達成しようとするのもやる気である。

これは、達成感という報酬をえることによる線条体の影響なのだろうか。

スポーツ選手は目標を達成するまでは充実しているが、それを達成すると

精神が燃え尽きて、やる気を失うというが、これも線条体のなせる技か。

                 

人生に目的を持てば、その目的のために状況に応じた目標が立てられる。

そうなれば、常に目標を持てるようになり、やる気を失うことはない。

人生に目的を持つことが継続的にやる気を起こす秘訣かもしれない。

        

同時に、人生に目的を持つ場合、他の人を意識した社会性があることが多い。

やまさき十三氏のいう「運命共同体の一員である認識」は正しい指摘である。

そのようなものが人間の潜在意識の中に歴史的に埋め込まれたいるのかもしれない。

                 

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2008年10月17日 (金)

景気の悪くなった今こそ、元気な顔と元気な声を

今日の午前中に税務訴訟の法廷があった。

補佐人税理士小百合も一緒だった。

小百合は、実在の名前ではない。

ブログの著者である女性税理士のブログ上の名前である。

       

今日の法廷では、「追って指定」というのがあった。

法廷で次回期日を決める時は、通常、裁判長から特定の月日と時間が指定される。

「追って指定」とは、次回期日を特定せず、裁判所が後日指定する場合のことである。

関連事件が最高裁判所の判決を待っている状態にある。

           

そのため、その事件について最高裁判決が下りてから、期日を指定することになる。

これが、今日の法廷で「追って指定」になった理由である。

いずれ、こういう話を、補佐人税理士小百合が書いてくれるだろう。

               

今月から、事務所の税務担当の弁護士と税理士がブログを書いてくれている。

そのため、事務所のホームページが、更新が頻繁になって賑やかになった。

賑やかなことは景気づけによいので、大いに結構なことだ。

景気が悪くなっているのは明らかであるので、皆が明るくならないといけない。

        

景気の悪い時に景気の悪い顔をすれば、余計に景気が悪くなる。

そういうときこそ、景気の良い元気のある顔になる必要がある。

元気の良い顔をするぐらいしても、元気な声を出しても、お金はかからない。

その意味では、今こそ、皆が元気な顔と元気な声を出したいものだ。

 

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2008年10月16日 (木)

「若者に知ってもらいたい」から始まる激励の言葉

「若者たちに知ってもらいたい。」

この一文の後に若者への激励の言葉がつづく。

伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長の言葉であり、素晴らしいので紹介したい。

10月4日付朝日新聞の「be on Saturday」に掲載されているものである。

           

「若者たちに知ってもらいたい。

困難を乗り越えて人は強くなるということを。

努力が自信と底力になる。

いま、何かに苦労しているなら、それは天が与えたチャンスだ。

君はその中で磨かれる。」

              

新聞の切抜きを読み返しているときに、この文章が心に残った。

現在の日本でも、一生懸命に仕事に取り組んでいる人たちも多い。

ただ、全体的に、未来に希望を持っている人が少ない気がする。

とくに、日本の将来を担う若者に覇気を感じないことも事実である。

       

丹羽会長の文章に接して、そのとおりだと思った次第である。

丹羽会長は、現在の若者像を次のように捉えているようだ。

「『最後には、誰かが助けてくれる』といった甘えがあるんじゃないだろうか」

             

このような甘えの感覚は、日本社会全体に蔓延しているような気もする。

部下の起こした不祥事の際に、「知りませんでした」と無責任答弁する経営者にも、

甘えの感覚があることは確かだからだ。

その意味では、甘えの構造を持つ日本社会全体が反省すべきなのかもしれない。

             

「人」という文字自体、他の人に寄りかかり、他の人の助けを借りることを示している。

人間が社会で生きる場合に、他人を頼りにするのは自然なのかもしれない。

ただ、依頼心が主になると、自分の中にある無限の能力を生かせないことになる。

無限の可能性を引き出すには、人に頼る心を持たないことが必要だからだ。

           

困難は、乗り越えられると信じるとき、乗り越えられるものである。

乗り越えられないと自分で思えば、乗り越えられるものも乗り越えられなくなる。

要は、困難自体が乗り越えることを難しくしているのではなく、困難に対する

自分の受け止め方次第で、乗り越えることができるかどうかが決まるのである。

           

自戒をこめて、丹羽会長の言葉を受け止めたいと思う。

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2008年10月15日 (水)

日経平均が1000円以上の上昇に驚いた

風邪が治りかけなのであろう。

寝汗をかいたので、下着とパジャマを取り替えた。

それだけで、気持ちが良くなるから不思議である。

             

昨日、日経平均株価が1000円以上も値上がりした。

欧米各国が本気で金融危機を乗り越えるための対応を始めたからだ。

特に、米国が銀行へ資本注入することを決めたことが大きかったのだろう。

         

ただ、株式相場の素人である私から見ると、心配になる。

銀行へ資本を注入したからといって、直ちに、金融危機が去るわけでもない。

資本増強されても、痛んでいる銀行が貸し出しを増加するとは思えない。

資本注入され、株価が上昇しても、消費者の冷えた心理を癒すことはできないだろう。

           

銀行への資本注入を金融危機の打開と景気回復への第一歩と捉えることはできる。

ただ、今回の信用バブルの崩壊の規模の大きさを知ると、楽観は許されない。

サブプライム等の各種ローンの痛みは、まだ相当残っているからである。

景気の悪化の懸念は、この資本注入では癒せない、そう素人考えでも思う。

             

その意味で、銀行への資本注入等だけで、買い注文が一気に増える、

というのには、株式相場に素人の私としては驚きを禁じえない。

むしろ、それは、未来の視点で動く株式相場の醍醐味なのかもしれない。

相場でのリスクをとることは、一種の快感につながっているのだろうか。                             

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2008年10月13日 (月)

「大暴落 1929年」にならないことを期待したい

風邪の治癒は、8合目まできて、停滞している。

これも、「少し休みなさい」という神の声と受け止めることにした。

昨日も、仕事を忘れて、読みたい本を読んだ。

ジョン・K・ガルブレイス著「大暴落 1929年」日経BP社、である。

                 

この本は、バブルの崩壊について、相当以前に書かれた名著である。

不況が来ると、この本を読みたいと思う人が多いのか、今でも、売れている本だ、

金融恐慌が起こり、世界同時株安の現在、1930年代の大恐慌の恐れが出ている。

そこで、私も、大恐慌のことを書いたこの本を読んでみる気になったのである。

                

この本を読んでみて、歴史は繰り返す、ということを実感した。

1929年から始まる世界大恐慌と同じような現象が今でも行われているからだ。

当時の政治家、有力な経営者、著名な経済学者は同じ事を繰り返していった。

「経済は基本的には健全」「経済のファンダメンタルに問題はない」

                                    

しかしながら、1929年当時の経済は不健全であった、そう著者は言う。

それが、その後の10年間にわたる大恐慌に繋がったのである。

その不健全さに関する5つの経済的な弱点を、著者は次のように示している。

所得分配、企業構造、銀行システム、対外収支、専門家の経済知識である。

             

所得の分配は、現在では格差の問題として再生している。

企業構造は持株会社を問題としているが、現在では、連結問題となろうか。

銀行システムは、現在では、CDSの問題と繋がっているといえるかもしれない。

米国の対外収支が問題であることは、現在でも変わりはない。

専門家の経済知識は進歩したが、それでも今回の危機を防止できなかった。

                               

現に世界同時に株価の大暴落が始まった。

そうだとすれば、今後は、著者が取り上げた経済の弱点を襲い、実体経済に影響する。

その結果、大恐慌につながるということになりそうである。

                      

現実に、自動車、電機等の業界では、業績の減額修正が始まっている。

代表的な企業であるトヨタ及びシャープは、当期の業績予想を大幅に減額修正した。

米国・欧州・新興国での消費減退や円高の影響もあり、実体経済は後退傾向にある。

少なくとも、大恐慌の足音だけは聞こえることは確かである。

          

ただ、1929年と異なることも少なくない。

現在の主要国の首脳陣は、恐慌の恐れを共通認識している。

その上で、多少の違いはあるが、大局で協調して恐慌を防ごうとしている。

資本市場もそのことは理解しているし、対策の実行を求めている。

                

主要各国が協調して、対策を実施すれば、これ以上の株価の暴落は止められる。

これは、「基本的に経済は健全」としていた1929年当時とは全く異なる。

預金の全額保護を宣言する国も登場している。

英国のように、主要銀行への資本注入を実施する国も出ていることは心強い。

               

しかも、1990年代、日本やスウェーデンは金融危機を克服する経験をしている。

世界は、その経験を利用することもできる。

こう考えると、今後も株価は下落し、景気は冷え込むことはあろうが、

最終的には、各国政府の思い切った税金投入で、1929年の再来は防止できる、

希望的観測ではあるが、そう思えてならない。

          

「大暴落 1929年」を読み終えたとき、そう思った。

 

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2008年10月12日 (日)

一日、脳に関する本を読んだ

昨日は、風邪対策として、一日のほとんどをベットで寝ていた。

そのお陰で、久し振りに、ゆっくり読書ができた。

寝ながらの読書であるから、ときどき、睡魔が襲ってくる。

その際、顔面の上にある本が落下し、顔に当たる。

          

読んだ本は、茂木健一郎著「脳を生かす仕事術」PHP研究所である。

脳に関する最近の研究の成果を分かりやすく説明してくれる。

脳の回路に、感覚系の回路と運動系の回路があるらしい。

           

感覚系は、見る・聞く・感じるによって情報を入手する回路。

運動系は、手足・口を動かして情報を出す回路。

この両回路の入力と出力を循環させることが脳を生かす仕事術のようだ。

入手した情報を日常の行動で使うことで身につけようということのようだ。

                     

著者の体験談を交えていることもあり、実に読みやすい本になっている。

脳に関する仕組みと機能を分かりやすく説明しながら、人生への応用を教えてくれる。

前向きな生き方が重要であることも、脳の機能から説かれると納得してしまう。

随所に、光る文章があり、読後感は非常に気分の良いものだった。

             

光る文章は、読む人によって異なるだろう。

そこで、私の目に止まった光る文章のいくつか紹介する。

とくに、勇気の湧くような文章を拾ってみたい。

          

「ブログを書くという行為は自分の行動を変えるに最も適したツールの1つ」

この文章は、ブログを書いている私の実感でもある。

書くという手を使った運動系の回路が人生を豊かにしてくれるのである。

           

「『お年寄りよりも、若い人のほうが頭が柔軟だし、創造力がある』

という言説も間違いです。

創造性は年齢・性別・境遇のかかわらず、

誰でも発揮しうるものなのです。」  

90歳にして青春であることを裏付ける文章である。

                  

創造性は経験と意欲の掛け算によって生み出されるものだという。

そこで、次のような文章がでてくる。

「経験をたくさん積んだお年寄りが本気で意欲を出すことが一番すごい」

その例として、芸術家の岡本太郎氏、漫画家の手塚治虫氏の例をあげている。

               

「これまで『やりたいこと』が実現した時には、

必ず『出会い』があったように思います。」

それに関して、著者自身のいくつかの体験を紹介している。

この文章には、私も体験上、同感であり、良い出会いが良い事をつれてくるものだ。

                 

「やりたいことと周囲が求めていること。

この二つは、決して相反するものではありません。

やり方や工夫によって、必ず両立するものです。

周囲の期待に応えつつ、自分のやりたいことも実現していく。

考えてみると、多くのプロフェッショナルがそういう働き方をしているように思います。」

                     

周囲の期待に応えることを優先し、その後に自分のやりたいことを実現する。

この順序が社会生活上の原理原則であり、順序を逆にしてはならない。

そう教えているのであるが、その通りだろう。

           

いずれにしても、著者は運動系による出力を重視している。

何一つ行動しないのであれば、思いが実現しないのは当たり前であるが、

現実には、行動を起こす人が少なく、人生を輝けるものにしていない人が多い。

そのことから、脳における運動系回路の活用を強調されている。

                 

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2008年10月 9日 (木)

ノーベル賞の受賞で「師友」を思い浮かべた

昨日、一日、仕事を休んで、風邪を治すため、休養にあてた。

私が風邪で休むことはめったにない。

2、3年に1日ぐらいであろう。

しかし、休むと決めたら、一切、仕事のことは考えない。

          

以前は、風邪の時は風邪薬を飲んだ。

今は、基本的には、薬を飲まずに、自然治癒力で治すようにしている。

昨日の夜中、寝にくかったので、夜中に起きて、ごそごそやっていた。

                      

大量のネギを大まかに切り、熱い味噌汁に入れて食べるのである。

その味噌汁に、生姜をおろして大量に入れるわけである。

その味噌汁を何杯か食べるのである。

そうすると、体温が上昇し、汗がでてくる、これがいいのである。

              

お陰で、体調は随分良くなった。

今日は普段どおりの業務に戻る。

風邪をひいている間、世の中の動きが激しい。

               

日経平均株価が、大幅下落で、9200円台になった。

ニューヨークのダウも、1万ドルを割っている。

金融危機が実物経済に影響し始め、悪循環が始まった兆候になっている。

来年以降の業績が悪化するとしても、まともな企業の株価は下がりすぎである。

             

長期的投資スタンスの人からすれば、絶好の買い場探しになろう。

優良企業が超割安になっているのであるから、これほどのチャンスはない。

短期的投資スタンスの人から、市場からいかに退散するかが問題となる。

つまり、ピンチから逃れるため、損切りをいかに早くするかなのであろう。

                 

同じ事象でも、立場によって、受け止め方が180度異なる。

一方はチャンス到来と捉え、他方はピンチとなるのである。

機関投資家のように、一定期間の中で利益を出す業務はなかなか大変である。

余裕資金のある個人は、のんびりと割安の優良株を探す楽しみがある。

       

話が変わるが、4人の日本人がノーベル賞を受賞するのは嬉しい限りだ。

3人が物理学賞、1人が化学賞だという。

3人の物理学賞の受賞について、思わず、ある言葉を思い出した。

「師友」である。

           

人生を豊かに生きるためには、「師友」が必要だ。

南部氏は、友に恵まれたようだ。

10月8日付日本経済新聞に次のような談話が載っていた。

「近隣の大学に良きライバルがおり、大学内でも仲間に恵まれた」

             

良きライバルも、仲間も、いずれも、「友」である。

受賞の喜びの祭に、「研究仲間ら周囲への感謝」を述べている。

南部氏は先駆者であるため、師より、友が重要であったのであろうか。

        

小林氏と益川氏は、師友に恵まれたようだ。

両氏は、南部氏を尊敬しているようであり、師は南部氏のようである。

同時に、両氏は共同研究で今回の受賞に繋がっているので、友に恵まれている。

         

物理学賞の受賞から、久し振りに「師友」の重要性を思い出した。

私の人生では、師の存在が決定的かもしれない。

ありがたいことに、何人かの「師」がいるからである。

                 

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2008年10月 7日 (火)

風邪をひいて、健康になっている自分を知る

久し振りに風邪をひいたようである。

鼻と喉に、風邪の兆候がある。

昨日の会食は鉄板焼きであった。

そこで、ニンニクのスライスしたものを多量に食べた。

             

そのニンニクが効いたのか、鼻水が止まった。

ただ、今でも、喉の具合がおかしい。

気にしても仕様がないので、自分の自然治癒力を信じるしかない。

結局のところ、風邪を治すのは自分の自然治癒力なのだから。

             

風邪をひいてみて、改めて気づいたことがある。

そういえば、最近、風邪をひいていなかったことをである。

以前の自分よりも、最近の自分は健康度が高くなっている。

やはり、断食の効果なのであろうか。

                     

以前は、年に何回か風邪をひいていた。

しかも、風邪をひくと、それが治るのに時間がかかった。

最近でも、風邪気味にはなるが、風邪になる前に治っていることが多い。

本当に風邪をひいたと思うのは、年に1回あるかどうかである。

              

しかも、風邪をひいても、治るのにそれほど長くかからなくなった。

風邪薬を飲用することも、ほとんどないといってもよい。

いずれにしても、風邪から縁遠く、健康に近づいているのは確かである。

それだけ、断食で体質改善が行われているからだろう。

                  

風邪をひくことで、自分の健康度が増しているのを確認してしまった。

今後は、もっと欲を出して、風邪から完全に縁を切りたいものである。

ただ、一病息災という言葉もある。

自分の健康への過信を戒めるため、風邪気味ぐらいになるのはよいかもしれない。

                                           

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2008年10月 5日 (日)

バフェット氏は、良いことに敏感な人?

ウォーレン・バフェット氏が最近話題になっている。

サブプライム問題で困っている企業へ巨額投資をするという。

ゴールドマン・サックス及びGEに対するものである。

   

そのことを新聞で読んで、なるほどなと納得した。

大成功している人は、良いことに敏感だ、ということである。

サブプライムで金融危機が問題化し、大騒ぎしているのが現状である。

そのときに、リスクという悪い面ではなく、チャンスというよい面に着目しているからだ。

              

確かに、金融危機だから、リスクという悪い面が光が当たるのは当然である。

その結果、多くの人が悪い面ばかり見るから、株式が非常識に下落している。

素晴らしい未来があると思われる企業でも、現状は株価下落に見舞われている。

これは、冷静に考えると、異常としかいいようがない。

          

この状況でも、未来視点で、良い企業を判別し、現状の株価を割安と判断する。

そうなると、現状の株安は、願ってもないチャンス到来だとよい面が見えてくる。

その結果が、バフェット氏の思い切った投資になったのだろう。

いかなる時も、よい面に光を当てる人は成功するのは分かる気がする。

              

現状のように、株価の下落が続くと、投資のプロでも冷静さを失う。

毎日のように株価が乱高下するところに混乱が見られる。

未来をある観点から予想し、そこから現状を見れば、混乱は起こらないはずである。

未来における確たる観点を持たない者は、現状の動きに右往左往する。

                  

未来においてよい企業かどうかが分かれば、現在の相場に気をもむことはない。

ただ、現状の株価が割安になっているか、だけに着目すればよいからだ。

バフェット氏に関する報道を見て、バフェット氏が成功する理由を垣間見た気がした。

バフェット氏は、きっと、良いことに敏感な明るい性格なのだと思う。

          

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2008年10月 3日 (金)

幕末の志士の座談会ー自分の青春度を想う

昨日、事業承継に関する座談会があった。

事業承継を信託に活用できないか、が中心である。

担当官庁の課長、信託銀行の部長、専門の税理士3人を交えて、

私が司会をする形で進行した。

    

80年ぶりに信託法が改正され、その用途が拡大した。

そのため、事業承継にも活用できるのではないか、が課題となっている。

最近は、従来の法制を大きく変えるものが多く、革命期の様相を呈している。

        

昨日の座談会でも、新しい法制の下で、専門家が二極化することが明らかになった。

新しい法制を受け入れる専門家は、職域を拡大し繁栄する。

以前の法制、その下での考え方に凝り固まっている専門家は、衰退する。

明治維新になって江戸時代の発想で繁栄することはありえないからである。

          

座談会の模様は、ある意味では、幕末の志士の会合の観があった。

今までの制度の根本を変えることに積極的である者が集まっているからである。

それも、「社会のためになる」という一点で共通認識があるからでもある。

           

今の時代状況は、法的に見ると革命としかいいようがない。

いたるところで、法秩序の根本を変えようとしているからである。

新聞のヘッドラインを見ると、社会のいろいろなところに、志士がいることが分かる。

幕末に生まれたかった私としては、生き甲斐を感じる時代になったと実感している。

                

ある意味では、新しい時代にワクワクしている自分がいるのを感じる。

まさに、青春、真っ只中、平成の坂本龍馬の気分になっている。

その割には、昨夜は、馴染みの店で、ウトウト眠ってしまいそうだった。

青春にも、青春度という程度の問題がありそうだ。

         

昨夜は、青春を叫ぶ割には、疲れきっている自分を発見し、苦笑いものだった。              

今夜は、フィーバーするぐらいの元気が残っているか?

自分の青春度を試してみたいと思う。

今夜は赤坂で仕事が終わるが、その後、銀座に行こうか、向島に行こうか。

この選択の迷いこそ、青春そのものではないだろうか。

                               

              

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2008年10月 2日 (木)

3人の弁護士と1人の税理士による新しいブログが始まった

昨日は、ほぼ一日、名古屋だった。

日本有数の税理士法人のトップ層との打ち合わせのためである。

大手の税理士法人は、世の中の動きに敏感だと感心した。

             

以前から、いろいろな人達に、司法等社会の大きな変化の話をしている。

私から同じ話を聞いても、ほとんど何の反応もしない人が多い。

ところが、大手事務所のトップ層はしっかり反応することが多い。

むしろ、そのようなセンスのよさが、大手事務所へ発展させた原因かもしれない。

         

ここでのセンスとは、言葉を換えれば、変化への好奇心の強さといえそうである。

新しい時代の変化の話があると、それを確かめようとする。

それによって、時代の変化に適応しようとするのである。

時代に適応した者が成長し、生き残るのはダーウィンの保証付きである。

               

夜は東京で、顧問先等との会合であった。

年に数回の会合で、親しい人達ばかりであるから、楽しい。

参加者の1人が、今、米国で問題となっている証券会社の出身である。

その人から、サブプライム問題等の裏話と今後の見通しを聞いた。

なるほどと納得できる話が聞けて、とても、勉強になった。

        

昨日から当事務所のホームページで、新しいブログが始まった。

「税務訴訟」の中に、税務訴訟担当者4人のブログを置いたのである。

3人の弁護士と1人の税理士で、皆、税務訴訟を担当している。

それぞれ、月2回ぐらいの割合で更新してくれるそうである。

         

このため、9月に入ってから、私も、ブログをしっかり更新する必要がでてきた。

私がしっかり更新しないで、彼らに更新を要請すること自体おかしなことだからだ。

そのため、ブログの名称を「新聞記事から見た経営及び企業法務」に変更した。

そして、9月に頑張って5回更新をしたが、これは新しいブログの露払いである。

新しいブログを覗いていただけるとありがたいことである。

                                

                          

              

             

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2008年10月 1日 (水)

日本一がいっぱい

昨日は、会議が多かった。

午前中は、会計問題と法律問題の接点をめぐっての会合であった。

キッカケは、旧長銀事件の刑事事件に関する裁判である。

             

本来、将来予測があるため、選択の幅があるのが会計処理である。

会計に詳しくない司法が適法かどうかを判断することへの疑問がでる。

旧長銀事件の裁判所の判断に関して、会計の学者・専門家は納得できないのだ。

        

その結果、各界の有力者の英知を集めて、何らかの提言ができないか。

そのため、度々、昨日のような会合が開催されている。     

会計学者、会計実務家、会社法の学者、会社法弁護士等豪華メンバーである。

立場が違うといろいろな角度からの議論がでてくるものである。

                     

午後は、ある税務専門雑誌のインタビューを受けた。

事業承継に関する法律制定と事業承継税制に関してである。

自分の考えていることを言わせて貰った。

     

夜の会合で、財政難であった市の財政を立て直した市長の話を聞いた。

しかも、いろいろユニークな取り組みをされているようだ。

「日本一がいっぱい」ある地方自治体に変えたという。

会合のゲストは、千葉県の市川市の千葉光行市長である。

               

少人数の会合にもかかわらず、改革を熱心に語る千葉市長の話は説得力がある。

さまざまな行政改革を経営の視点から行っているようだ。

そのため、目線を住民に置き、ITを積極的に活用している。

行政に、住民からすれば「当たり前のこと」を入れようとしてしている。

              

財政再建も、行政改革も、手術をせず、漢方薬的処方を用いている。

時間をかけて、優先順位をつけながら、地道に改革して成果を挙げている。

市長の職に11年間いることからできることなのであろう。

         

ニューヨーク発の株価大暴落が昨日の夕刊のトップを飾った。

恐慌の危険を示すのが、ラッキー7が3つある777ドルなのが皮肉である。

このような経済の混迷の中、素晴らしい地方政治家の話が聞けたのは心強かった。

日本には、人材という最高の資源があることを改めて確認できて嬉しかった。

                      

                 

                

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