壊すことが優先?
「つくるまえにこわせ」という題に目がひきつけられた。
日本経済新聞夕刊(8月7日付)の「明日への話題」という欄である。
分子生物学者の福岡伸一氏が執筆者である。
従来の分子生物学は、「つくる」ことばかりを追いかけてきたらしい。
ところが、最近になって、「つくる」よりも「こわす」ことの重要性が分かってきた。
細胞はつくるよりも、壊す仕組みをより重要視している事実が明らかになったから。
壊す仕組みは、「より精妙で、キャパシティもよりり大きい」のだそうだ。
壊すことが作るよりも優先されるのは、必然的なことである。
壊さないと、作れないからである。
細胞は有限であるため、分子を壊すことで、新しい分子を合成できる。
これが「生きている」ことだ、と福岡氏はいっている。
有限であるが故に、破壊と創造を反復することで無限の領域に行き着く。
創造的破壊が経済発展をもたらす発想と同じである。
真理は素直に考えると実に単純である。
物事の順序を考えると、単純な真理が理解できる。
人間は、「呼吸」で生きている。
この「呼吸」にも、順序がある。
「呼」という息を吐き出すのが始めにくる。
その次に「吸」という息を受け入れることがくるのである。
この順序を重視して、呼吸法という健康法が成り立っている。
まず、息を吐ききることに精神を集中する。
息を吐ききったところで、つぎに、息を吸うのである。
息を十分吐ききらないと、新鮮な空気を体内に吸い込むことができないからだ。
断食の発想も、食と排便における優先順位を重視した健康法である。
食べるから排便するという発想をしない。
宿便を貯める不十分な排便が健康の源である清浄な血液を汚染すると考える。
つまり、十分な排便をすることで、食事によって血液を汚さずにすむという発想だ。
長期間の断食をすれば分かるが、血液の清浄化によって、精神が落ち着くものだ。
旧ソ連において、断食を用いた精神療法が取り入れられたのは理解できる。
キリスト、お釈迦様、マホメッドのいずれも、長期間の断食を経験している。
ガンジーの無抵抗主義も長期間の断食を経験すると理解できるものである。
物事の循環の中で、優先順位を考えるといろいろなヒントが得られる。
感謝を習慣とすると、実際に感謝する出来事にであうことが多くなる。
そうすると、感謝する出来事よりも、感謝すること自体が優先するのが自然である。
これは「思うことは実現する」という単純な真理の応用である。
「思う」が優先し、その後で、「その実現」が続くのである。
この順序が宇宙の真理である以上、それに従うことは実践的なのである。
その意味では、実践的なことは、哲学的な色彩を帯びることになる。
実践的に生きることは人間の生きるうえでの根本に立ち帰るべきである。
安岡正篤師が繰り返し考え方の方法を教えられた中に、そのことが指摘されている。
考えるための3要素の1つに、「本質的に考える」があるからである。
日常において忘れがちであるが、本質的ということは、実践的なことなのである。
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